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ジェームズ・キャメロンは『アバター』に10億ドルを賭けた――『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の内幕

しばらく前、ジェームズ・キャメロンが最初の『アバター』を作り終えた後、彼の子供たちが家族会議を開いて、彼の子育てについて忌憚のない意見を述べた。2006年にキャメロンの妻スージー・エイミス・キャメロンがカルフォニアのカラバサスに設立した私立学校MUSEには、今は15歳から32歳になっている子供たちが通っていた。そこでは生徒からの教師へのフィードバックが奨励されており、キャメロンの子供たちは、家庭でも同じようにフィードバックをするよう奮い立ったのである。

キャメロンといえば、映画業界では欲しい物は常に手に入れることで知られてきた。映画のスケジュールや製作費、スタジオの予算で海底探検をする権利などだ。監督はその強引なやり方をしばしば家庭に持ち込んでいたことを認めている。その家父長ぶりはロバート・デュバルが『パパ』で演じた冷徹な海兵隊大佐のようだったという。「私がいるのはルールに基づいた世界だけど、子供たちはなじめなかったんだ」とキャメロンは言う。子供たちは「父さんはほとんど家にいなかったよね。たまに帰ってくると、埋め合わせをするかのように、僕たちに指図するんだ。撮影でいない間はずっと母さんがすべてのルールを守っていた。だから家に戻ってきても思い通りにはできないよ」(キャメロン夫妻には3人の子供と、元妻のリンダ・ハミルトンとサム・ロバーズとの間に、それぞれ1人の子供がいる)。

キャメロンは、子供たちの忠告を受け、もっと耳を傾けて過干渉にならないように気を使っているという。「もっともな話だと思ったんだよ。自分は親の務めという重荷を背負って一緒にいてやれなかった事を過剰に償おうとしていたことに気づかされたんだ」

おそらく、新しい撮影システムや巨大企業の合併よりも、子育てという人を謙虚にさせる体験が、キャメロンにテーマの選択であったり俳優やスタッフとの向かい方といった新作の作り方において多大なる影響を与えたのに違いない。

ディズニーにより12月16日より公開される『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』で、キャメロンはそうした場所に立ち返った――両親が青くて身長9フィートの異星人という家族ではあるが。「5人の子供を持つ親として経験したたくさんのことを芸術として昇華しようと思ったわけだ」とキャメロンは言う。「根本的なアイデアは「家族は要塞だ」ということなんだ。自分にとって最大の弱点でもあるし最大の強みでもある。私は『これなら書けそうだ』と思ったのさ。ダメ親父の気持ちは良くわかるからね」

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アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は、初代の『アバター』が画期的な新技術を投入して史上最高の世界興収(29億2000万ドル)を記録し、作品賞や監督賞を含めたアカデミー賞9部門にノミネートされてから、実に13年ぶりとなるキャメロンの監督作品である。製作費は3億5000万ドルを超え、さらに3本の続編が予定されており、完結すればディズニーは直接製作費だけで10億ドル以上を費やすことになる。

11月初旬、キャメロンはパークロード・ポストプロダクションを訪問した。ニュージーランドの首都ウェリントンの郊外にある風光明媚なミラマーは、2000年代初めにピーター・ジャクソンが『ロード・オブ・ザ・リング』を製作してから、地球の裏側にある小さなハリウッドと化している。このファンタジー映画は、現在のウェリントンにおいてアイデンティティの核をなしており、空港ではドラゴンのスマウグの巨大な彫刻が観光客を出迎えているほどだ。キャメロンは、ウェリントンに新たな叙事詩が生まれることを願いつつ、昔ジャクソンが使っていたオフィスで仕事をしている。重厚な木目調の室内には、キム・スタンリー・ロビンソンの環境SF小説『The Ministry of the Future』が置かれ、小型の冷蔵庫にはヴィーガン向けのスナックが収まっている(彼は10数年前からヴィーガンである)

キャメロンは、15本のリールのうち最後の4本の音声を調整しているミキシング室(『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の上映時間は3時間強)と、すぐそばの薄暗いヴィジュアル・エフェクト室を行き来しながら、3350ヶ所にもおよんだ驚異的なヴィジュアル・エフェクトのうち最後の約60カットを仕上げていた。68歳をむかえた監督は『アバター』第1作の頃とほとんど変わらない外見をしている。モトクロスのジャージとジーンズで作業に臨み、スタッフが彼の注意を引くために潜水艦の警笛のような効果音をスピーカーから流さないとならないくらい、今やっていることに集中しているのだという。「警笛を鳴らされないと気づかないんだよ」

アバター』第1作は、サム・ワーシントン演じる半身不随の海兵隊員ジェイク・サリーが、アバターの身体を手に入れ、先住民ナヴィ族の住む緑豊かな惑星パンドラを訪れ、この星に眠る希少物質アンオブタニウムを略奪する計画に巻き込まれるというストーリーだった。パンドラの海を旅する新作では、ジェイクはナヴィ族の王女ネイティリ(ゾーイ・サルダナ)の夫となり父親となった。彼らの子供たちの中には、ヴィジュアル・エフェクトの魔術によって73歳のシガーニー・ウィーバーが演じる10代のナヴィ族の少女キリと、撮影の始まった頃は13歳だった今は18歳のジャック・チャンピオンが演じる人間の養子スパイダーもいる。またケイト・ウィンスレットは、海に棲みついた別のナヴィ族を演じている。キャメロンはすでに3作目(2024年予定)を撮り終え、4作目(2026年予定)の一部を撮影し、5作目(2028年予定)は脚本まで完成させている。「4本の脚本として隅々まで完璧に作り上げてある。もしチャンスを与えられれば、何をすればよいのかしっかりと心得ているんだ。そのチャンスを決めるのは単純にマーケットだ。観客がこの映画を気に入ってくれて続きを望むのかどうかということだね」

キャメロンは、スタジオが巨額の資金を投じ、自身もキャリアの全盛期に数年間の歳月を費やした『アバターフランチャイズに対して疑念を抱く人々がいることを把握している。業界には「文化的なインパクトを与えたというのは本当だったのだろうか?」という懐疑論もある。「誰もキャラクターの名前すら覚えてないじゃないかということかな? 人々がジェイク・サリーを例えばルーク・スカイウォーカーのように記憶していないとしても、それは単に『アバター』の世界は映画1本しかないからだよ」とキャメロンは言う。「大成功したら3年後には続きを作る。それがこの業界の仕組みだ。穴にこもって、少しづつ文化的なインパクトを構築するわけだ。マーベルは、キャラクターが絡み合ったユニバースを作るため、たしか26本だったかの映画が必要だった。だから比較するだけ無意味だろうね。この映画が何をもたらすのかを見守ってほしい」

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2009年に最初の『アバター』が爆発的な興収をあげたとき、キャメロンの当時の拠点だった20世紀フォックスは、すぐに次の作品に取り組むように急かした。「実は待ったをかけたのは私だった。『この路線を再び歩みたいのかわからない』と言ったんだ」 オリジナルが桁外れの成績だったため「また成功するためには、今度も歴代興収のトップ5に入る必要がある。馬鹿馬鹿しい目標じゃないか」 当時のキャメロンは、深海の探査や環境問題など他にも情熱をぶつけられるものがあった。「潜水艦に乗ることで地球とつながっているんだ」とワーシントンは言う。「彼はそこでリラックスしている」 2012年、キャメロンはナショナル・ジオグラフィック協会と共同で開発した潜水艇の43インチ幅の操舵室に入って、史上初めて世界最深のマリアナ海溝への単独潜行を成功させた。「私は『アバター』に限らず、そもそもまた映画を撮りたいのかという疑問に直面していたんだ」キャメロンは言う。「とても楽しかったからね」

キャメロンの環境保護活動は、高価な電気自動車を乗りまわして小切手を受け取るようなハリウッドの標準からはかけ離れている。彼が2013年式のキア・リオに乗るのは、新しい電気自動車よりも中古の小型車の方が二酸化炭素の排出量が少ないからだそうだ。ロサンゼルスにあった2つの家を売却し、現在はウェリントンに「比較的質素な」と称する邸宅を構え、そこから20マイル離れた5000エーカーの農場で麻と有機野菜を栽培している。さらに、カナダのサスカチュワン州にある農地と工場に投資し、ヴィーガン向けのエンドウ豆タンパク質を製造している。また、ヴィーガンのアスリートを描いたドキュメンタリー映画『ゲームチェンジャー:スポーツ栄養学の真実』に製作総指揮として関わっている。「私にとって成功とは富でもなければ物でもない。それは人間同士で、そして我々と自然との間で経験されるもの、つまり真の意味で自分の糧となるものだと考えているんだ」

キャメロンは、私たちの多くが、彼が言うところの「自然体験不足障害」だと信じている。屋内でスクリーンに囲まれる都会のライフスタイルは、集中力を失わせ感覚から切り離された状態に陥らせる。彼が映画の世界に戻ることを決意した理由のひとつは、自分の映画には観客に環境との関係性を変化させる可能性があると考えたからだ。「『アバター』は世界で最もヒットした映画だが、観客に樹木を必要とするように促していた」と彼は指摘する。2022年の観客は、そのようなテーマにさらに敏感になっており潜在的な不安も増している。「環境問題のメッセージは難解ではいけない」とキャメロンは言う。「大衆はもう十分に苦悩している。我々はこの映画を、以前とは異なった時代のマーケットに投入するんだ。2009年には地平線の彼方にあったものが、今は目前に迫っている。ひょっとすると、これは既にエンターテインメントではないのかもしれない」 『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は、人々に気候変動への恐怖を煽るのではなく、ナヴィたちの選択を通して、別の道筋があることを示すものだとキャメロンは言う。「我々は、環境問題を完全に否認することから運命として甘受することへと飛躍してしまい、中道を行くことを見逃してしまった」と彼は言う。「もはや映画作家の役割は、すべてに怒りをぶつけることではない。建設的な解決策を見出していくことだ」

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「これじゃまるで60年代の底抜け大作の爆発だよ」キャメロンは、自分の部屋の隣にある狭くて暗いオフィスに身を置き、視覚効果スーパーバイザーのエリック・セインドンや、Zoomで立ち会っているWetaのVFXアーティストたちとヘリコプターの墜落シーンをチェックしていた。セインドンは、キャメロンがサウンドミキシング室から自室に戻るときに目に入るモニターに、作業チェックの準備が整った映像を映しておくことにしているが、スタッフたちは「監督をおびき寄せるエサ」と呼んでいる。

アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』にはのべ1400人のWetaのアーティストが参加しているが、ヘリコプターの墜落シーンを手がけるのはプレッシャーが大きいという。キャメロンはヘリコプターを自ら操縦し、ほとんどの映画にヘリコプターを登場させてきた。『ターミネーター2』ではパイロットに高架道路の下をくぐらせ、『トゥルーライズ』ではジェイミー・リー・カーティスをヘリコプターからぶら下げ、『アバター』では実際に飛行できる未来型ヘリコプターを設計した。キャメロンほどCGIヘリコプターの墜落シーンを厳しい目で観る観客はいないだろう。そのシーンにOKを出す前に、さらに多くの要望を出した。「落ちるところをもう2、3フレーム見てみたいな。もっと壊してくれ。尾翼が切り離されてぶっ飛んでいくところが見たいんだ。もっと回転運動を足して。これじゃ落っこちて「あれれ?」となっているみたいだ」

映像に対するキャメロンの批判は直截的かつ具体的だが、しかし「ダメ出しなら誰にもできる」という。例えばシガニー・ウィーバーは自分のキャラクターの初期デザインが「魅力的で可愛いすぎる」と注文をつけ、不器用な10代の子供に変えさせた。前作でウィーバーが演じた科学者グレース・オーガスティンは死んでしまっている。「キリのアイデアは、グレースは本当に死んだのか、というところから生まれたんだ」とキャメロンは言う。「シガニーを呼び戻して子供を演じてもらうというのはどうだろう? とても楽しいアイディアで頭から離れなかったんだ」 家庭内と同じくキャメロンは仕事場でもリーダーとしての振る舞い方を変えたという。「スタッフにもっと気を使うようになったし、ユーモアを忘れないようにしている」 キャメロンは、ニュージーランドのスタッフを愛している。アメリカやイギリスのような上下関係が希薄で、事務所では「やあ、ジム」と呼ばれるのが通常運転だという。「ここでは、誰もが平等に扱われる」と彼は言う。「仕事の内容によって偉くなるわけじゃない。そんなところが好きなんだよ。子供たちにもそういう環境で育ってほしいんだ。嫌味な成金呼ばわりされないためにもね」 カナダ国籍を持つキャメロンはニュージーランドの市民権を申請しているところだ。

最初の『アバター』を終えて、キャメロンとプロデューサーのジョン・ランドーは、キャメロン自身が作業の停滞を招いていると結論づけた。というのも、バーチャルカメラの撮影は全て彼がおこなっていたからだ。『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』においては、キャメロンがバーチャルカメラによるショットの約70パーセントを手がけ、『アバター』にも視覚効果スーパーバイザーとして携わったアイルランド出身のリチャード・バネハムが残りの30パーセントを撮影したという。「私にとっては大きな成長だった」とキャメロンは言う。1986年に『エイリアン2』で初めてキャメロンと仕事をしたウィーバーは「あの頃よりも余裕があります。彼は自分の夢を、叙事詩を生み出そうとしている」と言う。「情熱的なのは相変わらずだけど、ずっと穏やかになっていますね」

キャメロンに協力する者たちは彼の強烈さを受け入れてきた。なぜなら大きな見返りがあるからである。興収の上位10本のうち、マンガや小説の原作、シリーズ映画など既存のIPにもとづいていなかったのは、キャメロンの『アバター』『タイタニック』だけなのだ。『アバター』へのスタジオ側の意欲を受けて、キャメロンは物語作りにおいて、これまで以上に大胆に踏み出すチャンスが来たと感じた。「数本にまたがる映画で壮麗な物語を語ってみたい。もっと大きなキャンバスに描こう。計画を組み立てよう。さあ『ロード・オブ・ザ・リング』のようにやろう。彼らには原作があったけれど、こっちはまず原作を書かなくてはならない。原作というか脚本だけどね」

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2010年の秋、キャメロンは、当時は2作の予定だった『アバター』続編の契約を結んだ。先住民の権利と環境を支援する非営利団体アバターファウンデーションにフォックス側がキャメロンと共同で出資するという異例の契約となった。フォックスは得意満面で続編第1作の公開日を2014年12月と告知した。「私は、彼らが楽しげに発表したどの日付も、あまり信じてはいなかった」とキャメロンは言う。2012年にマリアナ海溝から戻ったキャメロンは、映画に本腰を入れて取り組んだ。最初の数カ月は、生物、文化、主題などのアイデアをひたすら書き留めていった。フォックスでSFテレビドラマ『ダーク・エンジェル』を製作した経験から、2013年半ばにテレビのやり方を真似てライターズ・ルームを結成した。「まず初日に800ページ分のノートを見せて『これが宿題だ。また来週に会おう』と言ったんだ」 最終的に彼は『アバター2』の執筆を『猿の惑星:創世記』でリブートを成功させた脚本家夫婦、リック・ジャッファとアマンダ・シルバーに託し、共同脚本家として表記することにした。結局、4本の脚本をすべて完成させてから撮影に入ることとなり、執筆には計4年もの歳月を要した。2017年9月、キャメロンはようやく『アバター2』の製作を開始した。

キャメロンが撮影を始めてからわずか3ヶ月後、ディズニーが713億ドルでフォックスを買収し、惑星パンドラは唐突に新しいオーナーの支配下に置かれた。フロリダのディズニーワールドでパンドラのアトラクションに5億ドルを投じていたディズニーは、すでに『アバター』の成功のために投資していたことになる。またディズニーは、劇場で公開する映画の数を減らしてキャメロンが得意とするようなスペクタクル重視の大作映画を作っていく方針を固めた。そして、キャメロンとディズニーはその何年も前から接近していたのだ。2005年、フォックスが最初の『アバター』の製作を決定するかどうか迷っていた頃、キャメロンとランドーは、ボブ・アイガーCEOやスタジオ責任者のディック・クック、アラン・バーグマンCFOカルフォルニアの撮影所に招待してテスト映像を観てもらっている。「その時に『この映画は作るべきだ』と言ったのです」と、今はディズニー・スタジオ・コンテンツの代表をつとめるバーグマンは言う。「試写室で、こんなものは初めて観たと思いました。世界観もジェイクのキャラクターもとても独創的でしたね」 ディズニーは『アバター』の製作にむけて交渉に乗り出した。それがきっかけでフォックスは予算を引き上げるよう出資パートナーを説得し、結局キャメロンは『タイタニック』『トゥルーライズ』『エイリアン2』と、何十年も一緒に仕事をしてきたスタジオに残ることにした。2019年3月、ディズニーとフォックスの合併契約が終了すると、バーグマンはまずキャメロンとランドーに会いに行ったという。「やあジム、『アバター』の次回作を手に入れるためには会社ごと買わなければならなかったよ」と言いましたよ」

アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』公開の約4週間前、またしてもディズニーがショックを与えた。突然ボブ・チャペックCEOを解任して、ボブ・アイガー前CEOを復帰させたのである。このニュースは、ニュージーランドで作業するチームも含め、ハリウッドの大半を驚かせるものだったが、決して歓迎されないわけではなかった。「ボブ・アイガーは、最初に我々を口説き落とした一人だからね」とランドーは言う。「彼は『アバター』に大きな価値を見出していた。我々も彼のことを支持しているよ」

タイタニック』や『アバター』の頃は、キャメロンは予算額やそれを回収する手段についてフォックスの重役と衝突した。しかし、ディズニーとの関係は今のところ順調だ。「まだハネムーンの最中かな」とキャメロンは言う。「判断できないな。いずれ判ることだ。映画が儲からなかったら、ハネムーンはおしまいになるだろうね」 彼は自身の透明性を例に出す。予定が変わりそうであれば、早い段階でスタジオに伝えることにしている。そしてディズニーのマーケティングの手腕にも敬意を払っているという。それはつまり、重役陣との放送禁止語を混じえた怒鳴り合いの時代が終わったということでもあるようだ。「昔やっていたことの大半は、テストステロン漬けになった粗暴な若者のやるようなことだ」とだけ彼は言う。「体内からゆっくりと毒物が抜けていくようなものかな」

フォックスの若手幹部だったランドーは、『トゥルーライズ』の現場でキャメロンと出会い、『タイタニック』から彼のプロデューサー兼右腕として活躍している。キャメロンのスーパーパワーのひとつが集中力だとすれば、そのパワーを可能にしているのは傍に控えているランドーである。AirPodsを片耳に挿して電話でバーバンクにいる相手とスケジュールについて話しながら、ウェリントンでは目の前のスタッフと別の案件について話しているのだ。「私は彼が進化していく過程を見てきたんだ」とランドーはキャメロンについて話す。「ジムは全ての経験から学んできた。振り返って『これは成功した、これは駄目だった、どうすればさらに良くなるんだろう』という風にね」 ランドーがそう話している最中に、オフィスのドアを強くノックする音がして、キャメロンがクレーマーのような勢いで飛び込んできた。「彼は『私たちは老夫婦のようなもの』とでも喋ったのかな?」キャメロンが言う。「彼のことはあまり褒めたくはないんだ。自惚れさせたくはないからね。とはいえ、我々には解決できない問題はないような気がしているよ」

実際『アバター』の製作においては、さまざまな問題があった。ひとつは、撮影スケジュールの桁外れの長さだ。スタッフが毎年のアバター記念日を決めるほどだった。ジャック・チャンピオンの役やジェマイン・クレメントが演じる海洋生物学者など、映画に登場する人間は実写で撮影されているが、ナヴィ族を演じるワーシントンやウィーバーは全てパフォーマンス・キャプチャーで撮影されている。撮影所でカメラが彼らの動きを捉え、後で視覚効果アーティストが彼らの外見に修正を加える。キリのキャラクターは、ウィーバーに似ていつつも10代の宇宙人の外見に仕上げられる。

ストーリーの大半は水中で展開されるため、キャメロンの求めるリアリズムの水準に達するために、キャストの何人かは素潜りを習得しなければならなかった。ウィーバーは、キリの役作りのためにラガーディア高校の授業を見学した。内気なキャラクターは海の中で自分の居場所を見つけなければならない。「水の中で、どうやって自信と確信の持てる場所にたどり着けばいいんだろうと思ったんです」とウィーバーは言う。「複雑で繊細なこのシーンを作りあげるために私たちは本当に努力しました」 水のシーンは、俳優だけでなくSFXアーティストにとっても困難を極めた。「水に関しては、パーフェクトだったとは言えない。ドローに近い状態だったと思う」とキャメロンは言う。「波や透明度、通気、気泡、飛沫、水滴、水跳ねについて、細かいシミュレーションを幾つも幾つも重ねていったんだ。とても正気の沙汰ではなかったね」

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COVID-19のパンデミックが起こった時、キャメロンは16ヶ月かけて『アバター』の2作目と3作目、そして4作目の一部にあたるパフォーマンス・キャプチャー撮影を終えており、実写パートの撮影に取りかかっていたところだった。3月にニュージーランドは国境を封鎖し、世界でもっとも厳格なロッグダウンに入った。この措置により、ウイルスは遮断されたものの、ジャック・チャンピオンの出演シーンが撮れなくなり、10代のチャンピオンは、以前に撮影した箇所と整合性が取れないほどに成長してしまいかねなかった。春になって、アメリカでロックダウンを過ごしていたキャメロンは、ニュージーランド政府に手紙を書き、この映画が政府が定めた渡航許可基準を満たしている根拠や、COVID-19の安全対策について力説した。自分たちを受け入れれば、作業工程は存続でき、結果としてWetaのアーティスト数百人をはじめ千人を越す人々に国内での雇用が保証される。5月に政府は折れ、キャメロン、ランドーら31名のスタッフを乗せた飛行機は入国を許可された。

COVIDは、映画館のマーケットも縮小させてしまった。「100%戻ることはないだろうと思っていた」とキャメロンは劇場展開について語る。「今後も元には戻らないだろう。だが、80%でも十分だ。今はみんなストリーミングに行ってしまったから競争相手は減っているんだ」 パンデミックによって映画館が閉鎖された頃、キャメロンはスティーヴン・スピルバーグギレルモ・デル・トロと一緒にZoom出演し、業界のこれからについて「みんな、職を失うかもしれない」と話し合った。キャメロンは言う。「我々はそうはならない。私は運命を受け入れて冷静に対処することにしたんだ。まだ仕事はあるし、物語を語ることもできる。俳優と一緒に撮影ができる。『アバター』の時のような規模ではないかもしれないけどね。でも、ストリーミングでもかなり大きなことはやっている」

ホリデーシーズンには『アバター2』をはじめ、『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』や『バビロン』など、上映時間の長い映画が数多く上映される。キャメロンは、ディズニー以前の契約だったと言う。「(ディズニーに対して)君たちは3時間の映画に同意したフォックスの重役たちからこれを譲り受けたんだろう。私たちは、壮大なゲームを仕掛けるつもりなんだ」 観客はいつトイレに行けばよいのかと訊かれたキャメロンは「お好きなタイミングでどうぞ」と答えている。「見逃した場面なら、次に来た時に観てもらえばよいのだから」と。彼は冗談を言っているわけではない。キャメロンの過去作の興行的成功の大半はリピーターによってもたられたのだ。マーベル映画のように週末に大々的なオープニング記録を打ち立てたことはないが、代わりに時間をかけて観客を増やしてきたのである。「3週目の週末あたりにはわかると思う。最初の週末だけでは判断できない。『タイタニック』も『アバター』もそうだったからね」 『アバター』の初週の成績は7900万ドルだったが、それから10週間、興収は1週間につきわずか8%しか下落しなかったのだ。

アバター』の成功に大きく貢献した3Dは、今回も変わらずキャメロンが望む鑑賞フォーマットである。しかし、ハリウッドでは支持を失ってきている。「皮肉にも、まわりの需要が減った分、より活用しやすくなった」 キャメロンは、スクリーンの光量が不足していた点と、『アバター』の後にスタジオがこぞって公開した3D映画の質の低さが、観客離れを招いたと分析している。つまり『アバター』のように初めから3Dとして作られた映画ではなく、2Dの映画をあぶく銭を稼ぐために拙速に3Dにコンバートしていたのだ。この9月にディズニーがリバイバル公開した『アバター』は、世界興収で7600万ドルを記録し、その97パーセント以上が3D上映だった。キャメロンを驚かせたのは、かつて『アバター』を映画館で観た世代ではない10代から20代の若者が、この映画のもっとも熱心な観客層だった点だ。

フランチャイズは将来まで構想されており、キャメロンは最後までやり遂げようと考えているが、そうはならない可能性も見据えている。「第3作は問題なく完成させられるだろう。撮影はすべて終えているからね」 彼によれば、ディズニーは1億ドル以上の予算をすでにつぎ込んでいるという。「よほどの大失敗にならない限り、さらに追加の投資をする価値がないとは思われないだろうね。今は全てを語り切れるように願うだけだ。2作目よりも3作目、3作目よりも4作目、4作目よりも5作目の方が良くなるからね」

さらに彼は――世の中が望むのであれば――『アバター6』と『アバター7』の計画すら用意している。「その頃には私は89歳だよ」とキャメロンは言う。冗談に聞こえるかもしれないが、『アバター』を2本作るために25年を費やしたという事実からして、かなり現実味のある話ではあるだろう。「どう考えても『アバター』をいつまでも作り続けるわけにはいかない。エネルギーが必要だからね」 彼は、誰かに後を継がせる計画についても考え始めている。「映画監督としてどれだけ優れていても、こういうやり方は知らないはずだからトレーニングすることになるだろうね」 キャメロンは、あと5、6本は映画が撮れると考えていて、おそらく3本が『アバター』になるだろう。

彼は『アバター』の世界にいつまでも浸っていられるだけのストーリーを頭に抱えている。『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』の冒頭4分から5分までの間に、ジャック・チャンピオンが演じるスパイダーの約1年分の生い立ちが紹介されるが、その部分も全て脚本が書かれている。キャメロンはそのストーリーを取り出して、ヤングアダルト文学作家のシェリー・L・スミスにグラフィックノベルAvatar:The High Ground』として仕上げてもらい、12月6日にダークホース・コミックスから出版する予定である。

今のところ『アバター』をストリーミングやテレビの番組として作ることは考えていないが、将来的には可能かもしれないという。「CGキャラクターの問題は、予算と手間がかかり過ぎることなんだ。つまりはテレビ向きではないということだね」とキャメロンは言う。「10年後にはコンピューターによるディープラーニングを大量に制作ラインに組み入れて、時間を節約できるようになるだろう。テレビ向けのスケジュールが作れるかもしれないが、今のところ関心がないんだ」

そして、キャメロンが興味を向けているのは映画以外の生活だ。潜水艦、農場、そして子供たち。「ここに帝国を築こうとはしていないからね」とキャメロンは言う。「ただクールな映画を作りたいだけなんだよ」

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