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cinemania’s diary

「ウディ・アレンは無実だ」英ガーディアン誌インタビュー取材~映画『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』公開記念

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『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』撮影現場より

 ウディ・アレンが20歳だった頃、作家のダニー・サイモンからコメディに関するいくつかのルールを教わったが、その中でも最も重要なことは「外部の意見は無意味だから、常に自分の判断を信じろ」ということだった。

 アレンは、最近出版された彼の自伝『Apropos of Nothing』の中で、このエピソードを紹介している。この本が存在しているのは、彼が今でもこのルールを守っている何よりの証拠だ。今日では、アレンの評判は地に落ちている。それは、批評家たちが片手で鼻をつまみながら書評を書いていることからも明らかだ。ニューヨーク・タイムズの批評家は次のように書いている。「今日の道徳的な風潮の中で、(この本の)レビューを志願することは、オリンピックで槍投げの槍に刺さりに行くようなものだ」別の媒体の見出しはこうだった。「私がウディ・アレンの自伝を読んだから、もう君は読まなくてもいい」

 アレンの70年にわたる喜劇人としてのキャリア、55年間の映画製作の歴史など、アレンと話し合えることは多岐にわたっている。しかし、いま話すべきことと言えば、たったひとつしかない。「何でも聞いてください」と彼はマンハッタンの自宅から電話をかけてきた。インタビューは彼の最新作『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』に関するものであるべきなのに、この25年間の彼のキャリアに暗い影を落とし、多くの人たちが理解していないスキャンダルの話に、およそ1時間を費やしてしまった。「私の人生の残りの日々は、大勢の人に性犯罪者と思われながら過ごすことになるのでしょう」と、彼は今でも独特のブルックリン訛りで語りかける。

 彼はまた、自分にはどうすることもできないことも知っている。「私が何を言ったところで、利己的で自己弁護だと受け取られるのだから、最善の方法は、我が道を行き、仕事をこなすことです」 彼は84歳で、『レイニーデイ』は48作目の映画になる。すでに49作目も完成しており、新型コロナウイルスが遠のけば、この夏には50作目の映画を撮ることになるだろう。(訳注:次回作の『Rifkin's Festival』は今秋公開予定)

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 スキャンダルの大まかな概要は、今では彼の大半の映画よりもよく知られている。1992年、彼が57歳の時に、長年のパートナーだったミア・ファローの養女で、当時21歳だったスン=イー・プレヴィンと不倫関係にあったことが明らかになった。喧嘩別れは避けられず、ファローは、彼が当時7歳の養女ディランに性的暴行を加えたと告発した。アレンとファローの間には、養子のモーゼス(当時14歳)、実子のサッチェル(当時4歳)、現在ではジャーナリストとして知られるローナンがいた。また、ファローには、スン=イーを含めて6人の年上の子供たちもいた。 当時の報道によると、ファローは、アレンをディランへの暴行で告発するだけでなく、アレンが同性愛者であり、サッチェルに対しても虐待を加えたかもしれなかったと証言した。

「どうせすぐに馬鹿げた話だということはわかると思っていたし、最初は真に受けていませんでしたね」とアレンは言う。「自分がマシンガンで6人を撃ち殺したといった話に出くわしたようなものでした」 (ファロー家に近い筋は、ファローがアレンはゲイであり、サッチェルに性的虐待すると恐れていたという話を否定し、次のように付け加えた。「我々は、ミス・ファローや彼女の子供たちへのこれ見よがしな攻撃には対応しない。アレン氏の本の売上や歴史修正の試みをサポートすることになる」 )

 1990年代において、大きなスキャンダルになったのは、アレンとスン=イーの不倫だった。しかし、ここ10年間は、ディランとローナンが父親を公然と非難し、スン=イーとモーゼスが父親を擁護してきたことで、性的虐待の容疑の方に注目が集まっている。2014年、ディランはニューヨーク・タイムズで「ウディ・アレンは、性的虐待や暴力を生き延びた者は、社会から見放されるという生きた証拠」だと書いた。2016年のハリウッド・レポーターの記事で、ローナンはメディアがアレンに自由を与えていることを非難した。「アレンが有罪判決を受けていないというだけの理由で、マスコミが被害者を黙らせたり、疑惑を追求しないのはおかしい」(彼に対して、コメントを求めたが回答はなかった)

 今日では、性的虐待が世に蔓延していることに対する意識は、1992年当時よりもはるかに高まっており、歴史の誤った側に立つことへの恐怖心も強まっている。

 このため、アレンに対する古い疑惑は、特に1990年代に生まれたばかりの世代の間では、これまで以上に大きな力を持つようになっている。彼は今や、ジャーナリストやファロー家、そして一般の人々から、ハーヴェイ・ワインスタインビル・コスビーと並んで、ひんぱんに名前が挙げられる。私は、ワインスタインとコスビーの事件だけでなく、性的な犯罪によって有罪判決を受けたり告発されたりした著名な男たちについて、数多くの取材を重ねてきた。マイケル・ジャクソンR・ケリー、ジミー・サヴィル、ジェフリー・エプスタイン、ラリー・ナッサー。彼らは全員、複数の被害者を加害したことで告発されており、彼らの性的虐待行動は生涯にわたって続いてるのがパターンだった。一方アレンは、たった1件の虐待疑惑で告発されただけであり、それも有罪判決を受けなかったばかりか、起訴されることすらなかったのである。彼がミア・ファローと法廷にいる写真は、刑事裁判ではなく、子供の親権をめぐる訴訟に関してのものだ。ニューヨーク・タイムズは、彼をエプスタインやワインスタインと並べて「怪物」と書き立てたが、どうして彼は訴えないのだろうか?

「訴訟を起こしたところで、割に合わないよ。2年間ずっとタブロイド紙のネタにされてまで裁判をやりたいのかな? そもそも、私は本当に気にしているのかな?」とアレンは言う。彼は自伝の中で、疑惑とその後の展開にかなりの紙数を割いているので、気にしているとは思うのだが。

 この本は大変読みやすい。自分の過去を面白おかしく並べ立てた個所と、ファローとの別れの影響についての明快な怒りに満ちた記憶は、『ラジオ・デイズ』と『クレイマー・クレイマー』が並んでいるかのようだ。彼は、疑惑は「物語のほんの一部分」にすぎないと主張しているが、怒りは傷跡のように横切っている。1992年の出来事が語られる個所は、彼の動揺を感じることができる。しかし、そうした疑惑が後に復活したことを説明する際には、彼のフラストレーションは紙面から消えてしまう。「善意の市民たちは道徳的な憤りに満ちていて、自分たちがろくに知りもしない問題について堂々と態度表明することに喜びを見出していました」と彼は書いている。

 この3月、ローナンがアレンの自伝を刊行しようとしたアシェット――彼の著書『キャッチ&キル』を出した出版社でもある――に抗議し、アシェットは折れた。(訳注:その後、すぐ別の出版社によって出版された) ミラ・ソルヴィーノグレタ・ガーウィグコリン・ファースレベッカ・ホールなど、世間の潮目が変わる以前にアレンと仕事をしていた俳優たちは、こぞって深い後悔の念を表明した。そうすることを拒否した、ラリー・デイヴィッドダイアン・キートンアレック・ボールドウィンアラン・アルダスカーレット・ヨハンソンたちは、公に侮辱されている。自伝の中で、アレンは彼を擁護してくれた人々に感謝し、こう書いている。「私は、彼らがしたことが恥ずべきものではないと、ここに保証します」

 アレンに自分を糾弾した役者たちをどう思っているのか聞いてみた。「愚かなことだよ。役者たちは事実を知らないし、利己的で公共的で安全な立場にしがみついているんですよ。この世に児童虐待に反対しない人なんていないでしょう?」と彼は言う。「俳優や女優はそういうものだ。みんなで一斉にケールを食べるみたいに、そういう流行になったんだね」 外部の意見は無意味です。

 と言いつつ、アレンはこの本の中で『レイニーデイ』に主演したティモシー・シャラメについて面白い指摘をしている。「ティモシーはその後、私と一緒に仕事をしたことを後悔していると公言し、出演料をチャリティ団体に寄付しました。しかし、彼は私の妹にそうする必要があると打ち明けたのです。なぜなら、彼は 『君の名で僕を呼んで』でオスカーを目指していたからです。彼とエージェントは、私を公に非難すれば、勝算はより高くなると考えたので、そうしたわけです」 シャラメのエージェントはコメントを求めても返答はなかった。(訳注:アレンの妹は『レイニーデイ』のプロデューサー)
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「世間に向けて、家の中で働いていた人たちの証言を提供することができます」アレンは言う。引き合いに出したモニカ・トンプソンは、ファロー家の子供たちの乳母であり、ミアから児童虐待の容疑を裏付けるよう、そそのかされたという宣誓供述書を2通提出し、アレンについては「常により良き親であり、ファローが彼について言っていることはまったく真実ではありません」と陳述した。

 アレンは続ける。「真実をくりかえし伝えることは可能です。しかし、真実は重要とされていないのです。どういう理由なのか、彼らにとって心情的に納得のいくストーリーであることが重要なのです」

 ミア・ファローが、アレンがコネチカット州の自宅でディランに性的な暴行をしたと主張した際、医師は彼女を診察したが、虐待の物的証拠は見つからなかった。その後アレンは、イェール大学ニューヘブン病院の性犯罪クリニックとニューヨーク市児童福祉局の両方から調査を受けた。前者は「ディランはミスター・アレンに性的虐待を受けなかったいうのが我々専門家の見解である」と報告し、後者は、14ヶ月間にわたる調査の後「報告書に記載された児童が虐待を受けていたという信頼に足る証拠は発見されなかった」と結論づけている。

 ニューヘブン病院による報告書の責任者だったジョン・レーベンタール博士は、ディランの証言には「リハーサルをうけた形跡」があると証言し「彼女は母親の誘導を受けたか、影響下にあった」という仮説を立てた。親権裁判において、エリオット・ウィルク判事は、これを却下し「ミス・ファローがディランを誘導したというミスター・アレンの主張を裏付けるような信頼できる証拠はない」と述べた。その後、2018年のテレビインタビューにおいて、ディランは「母は私に本当のことを言うように励ましてくれただけだ」と強く否定した。

 しかし、レヴェンタール博士の仮説は、同じく2018年にモーゼス・ファローによって裏付けられた。彼はファローの子どもたちに対する「洗脳」について書いている。「私は忠誠心を示すために、母のシナリオに従わざるを得なかったのです」

 一部の人々は、ファロー家に近い筋も含めて、レヴェンタール博士が実際にディランを面接したことは無かったと主張し、1992年までに1700件以上の訴訟を扱ってきたニューヘブン病院の調査結果は信頼できないとほのめかしている。しかし報告書によると、ディランはチームの一員であったソーシャルワーカー、ジェニファー・ソーヤーとジュリア・ハミルトンの2名によって、6ヶ月の間に9回も面接を受けている。彼女らがこのデリケートな仕事を任された理由のひとつは、レーベンタール博士とは異なり女性であり、ディランが7歳の少女であったという可能性がある。(裁量的な問題から、レヴェンタール博士はこの件についてコメントできなかった)

 多くの人は、アレンは、裕福な白人男性として当局によって保護されていたと主張するだろう――アレンは自伝の中で、事件に関与したある医師は、コネチカット州の警察が反ユダヤ主義であると信じていたと書いているが。しかし、一度として起訴されたことのなかった人物を有罪であると見なすことは、倫理的に危うい姿勢であるし、長期にわたって事実でない情報や偏見に惑わされてきた事件に対してそう振る舞うことは、正当な手続きという概念を押しつぶす行為である。

 アレンが最初に性的虐待で告発されてから、30年近くになる。広く信じられている事のひとつに、アレンがディランに対して赤ん坊の頃から「不適切な」感情を抱いていたために、セラピーを受けていたというものがあり、それは性的なものであったと強調されています。「それは完全なでっち上げですね。宇宙船がニューヨークに着陸したと言い張るようなものです」とアレンは言う。

 親権裁判の記録は、彼の主張を裏付けている。サッチェルを診断し、ディランを査定した児童心理学者のスーザン・コーチ博士は、アレンとディランの関係を 「不適切なまでに激しい」と表現したが、それはいかなる意味でも「ロマンチック」ではないと否定した。

「私はそれを性的なものとは見なしていませんでしたが、他人との関係を排除しており、不適切なまでに激しいものだと思いました」とコーツ氏は語った。言い換えれば、アレンはファローの年上の子供たちと感情的に関わることはなかったが、ファローとの交際中に、彼女が養子縁組をしたため、赤ん坊の時から育ててきた最初の子供になるディランに焦点を合わせていた。また、ディランのセラピストであるナンシー・シュルツ博士は、アレンがディランを性的に虐待していないと確信していると述べており、アレンの21年にわたるセラピストであるキャスリン・プレスコット博士も「ミスター・アレンが性的倒錯や性的逸脱行動に苦しんでいるという兆候はこれまで無かった」と証言している。

 ディランに対するアレンの振る舞いを「セクシャル」と表現したのは ファロー1人だけだ。彼女ですら親権裁判においては「セクシャルとは、その時私が使いたかった言いまわしではありません……とても抵抗がありました」と発言している。そして彼女は、 スキャンダルが発覚するわずか数ヶ月前には、ディランを共同養子にしたいというアレンの申し出を受け入れていたのである。

 アレン氏に対して、よく引き合いに出されるもう1つの主張は、州検事のフランク・マコが、アレンを児童への性的虐待で告発する「推定原因(probable cause/起訴するに足る要件」があったが、ディランにトラウマ(精神的外傷)を与えることになるので避けたというものだ。この件に関して、マコのもうひとつの公式なコメントはあまり知られていない。「合理的な疑い(reasonable doubt/有罪という見解を覆す理論的な疑問点)を示すような証拠があった場合でも、児童の健康を危険にさらすことは、公共の見世物になった祭壇の上で、その子を犠牲に捧げることに他なりません」と彼は言った。

 私は今週、マコに電話取材をして、その意味するところを尋ねた。「私は祭壇に、その子を置かねばならなかったのでしょうし、児童の身に何が起きたのかを説明する必要があったのでしょう。しかしその時には、そうすることができない状況でした。公開法廷にせよ非公開法廷にせよ、彼女には無理だったのです」と彼は答えた。「推定原因」という言葉は、今もアレンにつきまとっているが「合理的な疑い」はそうではない。

 多くの人は、刑事裁判ではないにもかかわらず、アレンが何か罪を犯したという証拠として、ウィルクの下した親権裁判の判決を引用してきた。この判決文がアレンのパーソナリティを著しく貶める内容であることは疑いがない――アレンは「ウィルクは私に目をつけた瞬間からずっと私を憎んでいた」と自伝に書いている。しかし、ウィルクの主な批判は、アレンとディランの関係ではなく、スン=イーとの関係に向けられていた。ディランとの関係については「著しく不適切」と表現した上で「証拠は、彼が性的虐待で起訴される可能性がきわめて低いことを示している」とつけ加えている。

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 私は長年、友人や同僚とアレンの事件について議論してきたが、たいてい、本来の告発をめぐる問題があまりに複雑なため、関心がスン=イーに向かって行きがちだ。21歳の女性との関係は、7歳の少女への性的虐待とは似ても似つかないが、2つのスキャンダルが混同されてしまうのは理解できなくもない。アレンをめぐる物語は、まるで聖書の題材であり、彼とスン=イーとの不倫は原罪のようなのだ。

「人々はこのことについて非常に混乱しています。スン=イーは私の養女だったと思っているし、私がミアと(スン=イーと同じアパートで)一緒に暮らしていたと思っているし、私がミアと結婚していたと思っている。彼らは、ありとあらゆるクレイジーな見方をしている」(訳注:アレンとファローは交際中もずっと別居していた) しかしながら、彼女は間違いなくアレンのパートナーの娘であり、アレンは幼い頃から彼女を知っていた――ウィルクは、アレンは彼女が20歳になる1990年までは、ほとんど連絡を取っていなかったことを認めているが。彼らの不倫関係は法律上は犯罪ではなかったが、多くの人の目には非道徳的なものに映った。ローナンが2012年にツイッターで指摘したように、アレンはスン=イーと結婚することで、自分の子供たちを法律上の義兄弟にしてしまったのだ。

 その当時、スン=イーは、略奪者と犠牲者、両方の扱いを受けていた。ウィルクの親権に対する判決文によると、ファローは、二人の関係に対して、アレンのことを「児童虐待者」と呼び、娘の写真を「めちゃくちゃにした」とも語っている――1992年7月、ディランとの疑惑が持ち上がる1月前のことだ。スン=イーは長い間、そのどちらでもないと主張してきた。彼女は現在49歳で、アレンと28年間つきあっていて、結婚生活は23年になる。 2 人の娘、ベケット(23歳)、とマンジー(20歳) を育ててきた。しかし、二人の関係が長くつづいていることは、その健全さを証明するよりも、人々にアレンの過去の事件を思い出させるようだ。アレンとファローが法廷で争った同じ年、当時38歳のジェリー・サインフェルドは、17歳のショシャナ ・ ロンスタインと交際していた。しかし、もう誰もサインフェルドのことを憎んでなどいない。なぜなら、ロンシュタインとはすぐに別れてしまったので、この件は忘れ去られたからだ。

 アレンはずっと、彼にはありきたりなものに映る長期的な関係を正当化することにうんざりしていたのだが、こうした投げやりさは、1997年のインタビューでの悪名高い回答「心は欲しがってしまうものだ(The heart wants what it wants)」が証明したように、彼の助けにはなっていない。(「それはソール・ベローが引用したエミリー・ディキンソンの言葉であって、私の哲学を述べたわけではない点に気づいた人はほとんどいなかった」と、彼は自伝の中で書いている。その通りで、その点に気づいた人はほとんどいなかった)  1992年の頃は、彼は人々の批判をもっと理解していた。「性的虐待で告発されてから数日間、私は考えていた。これは完全に正当化されてしまう。私は他の女性と不倫していて、その相手は彼女の娘なのだから」と彼は米国のニュース番組「60ミニッツ」のインタビューで語っている。

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 彼の中で、これは自業自得だと思える部分があるのだろうか?

「ノー。その理由を話してあげましょう」と彼はためらいもなく答えます。「私は(スン=イーとの関係が)大変なインパクトを持ってしまい、通常とは違ってしまったことを理解している。しかし、ローナンとディランから濡れ衣を着せられ、精神的な生活を傷つけられたことが、自分のせいだとは一瞬たりとも思っていません」

 アレンは、良く言えばナイーブであり、悪く言えば鈍感なところがある。自伝を評する者たちは、ダイアン・キートンダイアン・ウィーストジュディ・デイヴィス、その他たくさんの才能への長い賛辞はすっかり無視して、スカーレット・ヨハンソンやレア・セドゥの魅力についてのコメントを嬉々として引用してきた。彼はこう書いている。「年若い女性に執着する人物という風評があります。私は、精神分析や殺人、ユダヤ・ジョークと同じように、年齢差による駆け引きを、喜劇的でロマンティックな主題として何度も扱ってきましたが、それはプロットや笑いの材料でしかありません」

 たしかに『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』が、どのプロットを扱っているのか予想できないわけではない(ヒント:精神分析と殺人ではありません) そこで私が聞いたのは、大衆にどう思われているか知っているのであれば、中年の映画監督(リーヴ・シュライバー)が、女子大生(エル・ファニング)に性的に惹かれるという筋書きを捨てたり、自伝でヨハンソンのフェロモンについてジョークを飛ばすのを言うのを控えようとは考えたりしなかったのだろうか?

「いや、まったく考えたことはありませんね」と彼は答えた。 「シチュエーションにぴったりの上出来なジョークというのは非常に難しいんです。気にかけるべきは、その点だけなんです。他のことはまるで重要ではありません」 言い換えるなら、アレンは、自分は何も悪くはないのだから、慎重に振る舞う必要はないと考えているのだ。

 自伝の中で、アレンに向けられた疑惑とその影響についての記憶は、悲しみといくばくかの怒りに満ちている。しかし彼は、取材において、これら全てが人生とキャリアに与えた影響について冷静に話す。私は彼の怒りのなさを指摘してみた。「その観点については、私は怒ってはいません。自分の子供たちの成長を見守る機会を奪われたことや、ディランとローナンに、どんなことをされたかに対しては怒っているんです。私は25年以上も子供たちと言葉を交わせていないし、彼らは私のことを最低だと思うように育てられた。確かにその点には腹を立てているよ。でも、仕事上においては、ぜんぜん苦しんだりはしていません」

 これは明らかに信頼できない。彼との仕事を拒絶した俳優たちはさておき、アマゾン・スタジオは、アレンの2018年のインタビューの後で、彼との4本の映画の契約を破棄したからである――そのうちの1本が『レイニーデイ』だ。彼はこう発言していた。「私は#MeToo運動の広告塔になるべきだね。これまで何百人もの女優と仕事をしてきましたが、不適切な行為をほのめかすような女優は一人もいませんでしたから」 これはまぎれもない事実だ。アレンは女優には常に男優と同額のギャラを支払ってきた。(訳注:#MeToo運動では、男優と女優の収入の格差も差別として糾弾された) 業界でもっとも注目される男性の一人であるにもかかわらず、ハラスメントの噂は一度としてなかった。しかし、アマゾン・スタジオは、このアレンの発言がプロジェクトを「妨害した」と主張したのである。アレンは訴訟を起こし、アマゾンとは昨年に和解したが、結局、『レイニーデイ』はアメリカでの配給会社を失ってしまった。

 彼は自伝の中で書いている。「これは、不正義によって祖国で作品を禁じられ、国外で発表することを余儀なくされたアーティストになるという、私の詩的な夢想をかきたてます。ヘンリー・ミラーD・H・ローレンスジェイムズ・ジョイスが思い浮かぶ。私は彼らに混じって、反抗的な姿で立っているんだ。すると妻が私を揺り起こすのさ。「あなた、いびきをかいてたわよ」 

 この10年間、彼はドキュメンタリー映画から削除され、映画評論家たちからはボイコットされてきた。クリントン家でさえ、彼のことをスキャンダルまみれだと見なしている。ヒラリーは大統領選挙で、彼とスン=イ―からの寄付金を拒絶した。「あと5400ドルあれば、彼女はペンシルバニア、ミシガン、オハイオのどこかひとつでも勝てたんじゃないかと思わずにはいられなかった」と彼は本に書いている。外部の意見は重要なのである。

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 アレンは無実だ。これは法と彼を調査した公的機関にもとづいている。ディランとローナンは、彼が有罪だと信じ込んでいる。大学にロビー活動をしかけて、彼の名前を映画学科から外し、彼の映画を映画祭から排除し、あたかも彼が犯罪者であるかのように話すよう強制したのは、後者の見解にもとづくものだ。しかしながら、彼が犯罪を犯したことが証明されない限り、このような態度は非道徳的である。あれから28年も経っているが、誰ひとりとして、彼を処罰できた者はいないのだ。

 少なくない人たちが、悪事の証拠でもあるかのように彼の映画を持ち出しているが、年上の男性と20代の女性を描いた映画の筋書きと、児童への性的虐待を混同するのは、知的怠惰の極みと言えるだろう。21歳の女性は7歳の少女ではないのだ。フェミニズムの名のもとに、そのような主張をする人間がどれほど多いかに驚くべきだ。あなたたちは、アレンの映画を――あるいは彼の結婚生活を――嫌っているのかもしれないが、人間というのは複雑なものなのだ。好ましくないということは決して犯罪ではないのである。
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 一握りの人たちは、このことに気づき、彼を取り巻いている物語に疑問を持ち始めている兆しが出てきた。『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』は、パンデミックが発生し、アメリカでは公開されず、スター俳優や他のキャスト、スタッフにまで愛想を尽かされたにもかかわらず、アレンにとって、ここ数年で最も成功した映画となっている。(訳注:スペイン、フランス、韓国などでヒットしている) 一般の人々は、何十年も代わり映えのしないストーリーに飽きてきたのかもしれないし、なかには、ようやく事実を把握した人たちもいるだろう。

 アレンは取材の最中に、何度も「まったく問題はありませんよ」とくりかえした。たとえ、祖国で上映されなくても映画を作ることはできる。ベケットとマンジーは、彼を悪魔だと思い込まされた世代であるにもかかわらず、スキャンダルに全く影響されていないのだという。「素晴らしいよ。だって彼女たちの人生においては何の障害にもならなかったからね。ここでは誰も大騒ぎしたりしないし、彼らにはどんな悪影響も与えてはいないんですよ」と、彼は誇らしげに言った。

 これは、モーゼスがファロー家での幼少期を以下のように語っているのとは非常に対照的だ。「私の母が、アレンとスン=イーの裏切りを人生の中心に持ち込もうとした時ほど、私たち家族にとって破滅的なことはなかった」 これこそが、アレンが外見上は穏健さを保っている理由ではないかと私は考えている。彼は怒りを口にすることができない。それが自分のまわりの人たちを傷つけることを知っているからだ。彼はすでに一度、子供たちを混乱によって失ってしまった。彼は、もうこれ以上は失いたくないのだ。

 かつて、彼はこんな風に考えていたという。いずれは誰もがこの疑惑が虚偽であることを理解するはずだと。しかし彼は、そうはなりそうにないという事実を受け入れ始めている。それは間違いなく、彼の死亡記事の最初の段落に書き込まれることになるだろう。

「私にできることは、いつか人々が正気に戻ることを願って、余計な干渉は避けつづけることですね。もし、そうならないとしても」と彼は言った。「世界には、これよりもずっと酷い不公正がたくさんあります。でも、それを受け入れて生きていくんですよ」

『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』は、6月5日より英国の各種ストリーミング・プラットフォームで配信される。(訳注:日本では2020年7月3日より劇場公開)

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