skyfall 映画の記録

cinemania’s diary

「Netflix最強コンテンツ、『ストレンジャー・シングス』が変えたもの」(宇野維正 )で、本当は変わっていないもの。

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 基本的に苦手な人の文章は、なるべく見ないようにしているのだが、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』に関するコラムということで、目についてしまった。作品そのものではなく、宣伝についての話だ。

news.yahoo.co.jp

 宇野はまず、1985年が舞台となるシーズン3において、当時コカ・コーラ社が発表して、すぐに市場から消えた新製品「ニュー・コーク」(宇野は”ニューコーク”と表記)が登場することに触れる。Netflixが協力を要請したところ、コカ・コーラ社は期間限定でニュー・コークを復活させ、映画館でCMを上映したという。

映画やドラマの世界では「プロダクトプレイスメント」という、劇中に商品を出す宣伝手法が長年とられてきた。しかし、『ストレンジャー・シングス』の場合はその発想が逆。作品の制作のために要請した協力が、そのまま大規模なタイアップへと発展していった。コカ・コーラ社は「歴史の汚点」であった「ニューコーク」が作品でフィーチャーされることを面白がって、期間限定で「ニューコーク」を34年ぶりに復活させることを決定。『ストレンジャー・シングス』のキャラクターが登場するコマーシャルまで制作して、それを全米の映画館で上映した。

 まず、ここで「発想が逆」と言っているのが、よくわからない。「映画に実在の商品を出すのではなくて、映画の商品が現実に売られていて凄い!」という意味らしいのだが、それって普通のことですよね? 宇野本人も「タイアップ」という用語を使っているように、発送を逆転させるまでもない、昔からある宣伝方法だろう(古い商品の再販という手段そのものは珍しいとしても) また、宇野は、この商品展開をコカ・コーラ社が「面白がって」決めたかのように書いているが、Netflixコカ・コーラ社という世界有数の大企業が、そんな軽いノリでビジネス展開を決めたとも考えづらく、むしろ周到なマーケティング戦略あってのことではないか。

ストレンジャー・シングス』シーズン3が配信されるタイミングで、公式にタイアップした企業はコカ・コーラ社のほか、アパレルではナイキとリーバイスH&M、ファストフードではバーガーキングバスキン・ロビンスサーティーワンアイスクリーム)。他にもマイクロソフトやエピック・ゲームズ(『フォートナイト』)などが、配信に合わせてキャンペーンを行なっている。いずれも単に作品名のロゴを使った商品を発売するのではなく、作品のために制作したキャップやTシャツやスニーカーの市販化、劇中に出てくるお店をそのまま再現しての店舗営業、作品の設定(『ストレンジャー・シングス』ではこの世界とは異なる「逆さまの世界」が描かれている)を模した逆さまのロゴを効果的に使った商品など、作品と企業が一緒になって「遊んでいる」ものばかりだ(ナイキ、リーバイスH&Mなどその一部は日本でも展開されている)。

 これも、『ストレンジャー・シングス』に限らず、よくある普通のタイアップ戦略であるとしか言いようがない。アメリカの事情はよく知らないが、日本でも、街を歩けば、マーベルやゴジラエヴァンゲリオンのグッズは、いくらでも目につくだろう。劇中に登場するアイテムの商品化も、比較的よく見られるタイアップだ。企業ロゴをネタにするのも、先日の『君の名は。』地上波放送で、提供クレジットを入れ替えたジョーク企画があったばかりである。宇野は『ストレンジャー・シングス』の広告戦略を「作品と企業が一緒になって「遊んでいる」ものばかりだ」と称賛しているが、消費者にそう思わせる――親しみをもたせる――ことこそがタイアップ宣伝の要なのは説明するまでもないだろう。

(略)NetflixAmazonプライムやHuluとはじめとする動画ストリーミングサービスの特徴は、ネット局のように広告収入によって成り立っているわけではなく、視聴者が直接契約したサブスクリプションの料金によって収益が支えられていること。ストリーミングサービスが急成長した背景の一つは、「コマーシャルを見なくていい」ことを視聴者が大きなメリットとしてとらえているからだとも言われている。

 しかし、結果として『ストレンジャー・シングス』はNetflixのイメージアップとともに多額の広告収入をもたらし、それを元手に映画館では独自のコマーシャルを上映し(コカ・コーラ)、ここ日本でも地上波で湯水のように『ストレンジャー・シングス』のコマーシャルを流しているわけだ。配信ではコマーシャルが排除されている一方、その外側には『ストレンジャー・シングス』の商品や広告が溢れかえっている。『ストレンジャー・シングス』は、そんなまさにもう一つの「逆さまの世界」も実現させたことになる。

 これまた、意味がわからない。「Netflixは広告を見せないことで視聴者を集めているのに、街では宣伝しまくっていて凄い!」ということらしいが、それって普通のことですよね?(本日2回め) そもそも、番組の放送中にCMを入れること(広告収入の手段)と、その番組自体を外部で宣伝すること(広告展開の方法)は、ぜんぜん別の事象であって、別に何かが逆さまになったわけでもない。CS局だって、オリジナルドラマを制作すれば、CMなしで放送するし、広告くらい打つでしょう。映画だって、上映前の予告編はともかく、本編上映中にCMは流せない――だからこそ「プロダクトプレイスメント」という間接的な広告収入の手段が発達した――が、駅やビルに看板は出す。どれも、昔から当たり前にやっていることであり、別に、「『ストレンジャー・シングス』が変えたもの」というわけではないはずだ。


ストレンジャー・シングス』の世界の重要な用語である”The Upside Down”は、日本語版では基本的に「裏側の世界」と訳されていると思う。宇野は、これを「逆さまの世界」と微妙に言い換えた上で、何か気の利いたことを言おうとしたのだろうが、残念なことに上手くいかなかった。むしろ、既成の訳の通り「裏側の世界」を使えば、もう少し当を得た内容なったのかもしれない。なぜなら、「プロダクトプレイスメント」と「版権ビジネス」も、「広告収入」と「広告展開」も、逆さまと言うよりは、表裏一体に結びついたありきたりな事柄なのだから。



参考URL
マーケティング史に残る失敗か、はたまた戦略的な“投資”か──。 発売即“大炎上”した「ニュー・コーク」の真実
https://www.cocacola.co.jp/stories/newcoke

・『君の名は。』CMで各社のロゴ“入れ替わる” ロッテとソフトバンクサントリー日清食品など
https://www.oricon.co.jp/news/2138939/full/

Netflixのドラマ「ストレンジャー・シングス」は、わくわく感をシーズン3で取り戻した
https://wired.jp/2019/07/07/stranger-things-season-3-review/

ル・モンドの批評家たちを熱狂させた1944年以降の映画100本

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『河』ジャン・ルノワール (1951)
雨月物語溝口健二 (1953)
東京物語小津安二郎 (1953)
七人の侍黒澤明 (1954)
『奇跡』カール・テオ・ドライヤー (1955)
『理由なき反抗』ニコラス・レイ (1955)
『めまい』アルフレッド・ヒッチコック (1958)
『ぼくの伯父さん』ジャック・タチ (1959)
大人は判ってくれないフランソワ・トリュフォー (1959)


『情事』ミケランジェロ・アントニオーニ (1960)
『穴』ジャック・ベッケル (1960)
勝手にしやがれジャン=リュック・ゴダール (1960)
『8½』フェデリコ・フェリーニ (1963)
シェルブールの雨傘ジャック・ドゥミ (1964)
『ポケットの中の握り拳』マルコ・ベロッキオ (1965)
『ペルソナ』イングマール・ベルイマン (1966)
『欲望』ミケランジェロ・アントニオーニ (1967)
少女ムシェットロベール・ブレッソン (1967)
『テオレマ』ピエル・パオロ・パゾリーニ (1968)
ローズマリーの赤ちゃんロマン・ポランスキー (1968)
『ケス』ケン・ローチ (1969)
『アントニオ・ダス・モルテス』グラウベル・ローシャ (1969)
アンドレイ・ルブリョフ』アンドレイ・タルコフスキー (1969)
『悲しみと哀れみ』マルセル・オフュルス (1969)


『早春』イエジー・スコリモフスキ (1970)
フレンチ・コネクションウィリアム・フリードキン (1971)
時計じかけのオレンジスタンリー・キューブリック (1971)
『Lo Scopone Scientifico』ルイジ・コメンチーニ (1972)
『トゥキ・ブゥキ/ハイエナの旅』ジブリル・ジオップ・マンベティ (1972)
『開いた口』モーリス・ピアラ (1974)
『パリの灯は遠く』ジョゼフ・ロージー (1976)
『Passe montagne』ジャン=フランソワ・ステヴナン (1978)
『破滅の愛』マノエル・ド・オリヴェイラ (1978)
『マンハッタン』ウディ・アレン (1979)
ディア・ハンターマイケル・チミノ (1979)
『エイリアン』リドリー・スコット(1979)


天国の門マイケル・チミノ (1980)
『エレファントマン』デヴィッド・リンチ (1981)
E.T.スティーヴン・スピルバーグ(1982)
『ファニーとアレクサンデル』イングマール・ベルイマン (1983)
『わが友イワン・ラプシン』アレクセイ・ゲルマン (1984)
『童年往事 時の流れ』ホウ・シャオシェン (1985)
ショアークロード・ランズマン (1985)
『メーヌ・オセアン』ジャック・ロジェ (1986)
『蜂の旅人』テオ・アンゲロプロス (1987)


『スモーキング/ノースモーキング』アラン・レネ (1993)
ピアノ・レッスンジェーン・カンピオン (1993)
『親愛なる日記』ナンニ・モレッティ (1994)
ジェラートの天国(神の喜劇)』ジョアン・セーザル・モンテイロ (1996)
『そして僕は恋をする』アルノー・デプレシャン (1996).
『一瞬の夢』ジャ・ジャンクー (1997)
『ライブ・フレッシュ』ペドロ・アルモドバル (1997)
HANA-BI北野武 (1997)
萌の朱雀』河瀨直美 (1997)
桜桃の味アッバス・キアロスタミ (1997)
ユマニテ』ブリュノ・デュモン (1997)


『囚われの女』シャンタル・アケルマン (2000)
ヤンヤン 夏の想い出』エドワード・ヤン (2000)
『裏切り者』ジェームズ・グレイ (2000)
千と千尋の神隠し宮崎駿 (2001)
鉄西区ワン・ビン (2003)
『Talaye Sorkh』ジャファール・パナヒ (2003)
『エレファント』ガス・ヴァン・サント (2003)
ミリオンダラー・ベイビークリント・イーストウッド (2005)
ヒストリー・オブ・バイオレンスデヴィッド・クローネンバーグ (2005)
『恋人たちの失われた革命』フィリップ・ガレル (2005)
『レディ・チャタレー』パスカル・フェラン (2006)
『ブレッド・ナンバー・ワン』ラバ・アメール・ザイメッシュ (2006)
4ヶ月、3週と2日クリスティアン・ムンジウ (2007)
『うつろいの季節』ヌリ・ビルゲ・ジェイラン (2007)
『ノー・カントリー』コーエン兄弟 (2007)
『ウォーリー』アンドリュー・スタントン (2008)
『My Magic』エリック・クー (2008)
『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』マルコ・ベロッキオ (2008)
預言者ジャック・オーディアール (2009)
『私たちの好きな八月』ミゲル・ゴメス (2009)
『ハートロッカー』キャスリン・ビグロー (2009)


『ミステリーズ 運命のリスボンラウル・ルイス (2010)
『シャッター・アイランド』マーティン・スコセッシ (2010)
ブンミおじさんの森』アピチャートポン・ウィーラセータクン(2010)
『Le BM du seigneur』ジーン・チャールズ・フエ (2011)
メゾン ある娼館の記憶』ベルトラン・ボネロ (2011)
メランコリアラース・フォン・トリアー (2011)
ホーリー・モーターズレオス・カラックス (2012)
『サウダーヂ』 富田克也 (2012)
愛、アムールミヒャエル・ハネケ (2012)
『湖の見知らぬ男』アラン・ギロディ (2013)
『贖罪』黒沢清 (2013)
『Tip Top』セルジュ・ボゾン (2013)
『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』ジョナサン・グレイザー (2014)
『シリア・モナムール』 オサーマ・モハンメド/ウィアーム・シマブ・ベデルカーン (2014)
『禁じられた歌声』 アブデラマン・シサコ (2014)
アクエリアスクレーベルメンドンサ・フィリョ (2016)
マンチェスター・バイ・ザ・シーケネス・ロナーガン (2016)
『ビリー・リンの永遠の一日』アン・リー (2017)
『ムーンライト』バリー・ジェンキンス (2017)
ファントム・スレッドポール・トーマス・アンダーソン (2018).
『Mektoub, My Love: Canto Uno』アブデラティフ・ケシシュ (2018)
『ハイ・ライフ』クレール・ドニ (2018)

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映画『ジャスティス・リーグ』のザック・スナイダー・カット版は、まだ実現する可能性がある

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 DCエクステンデッド・ユニバース作品である『ジャスティス・リーグ』のザック・スナイダーによるディレクターズカット版は、この映画のストーリーボード・アーティストによれば、当初考えられていたよりも完成度の高いものになるようだ。ジェイ・オリヴィアは、SNS上でDCファンと「スナイダー・カット」の可能性について議論している。それは長い間待ち望まれているが、実現するかどうかは疑わしい。

 スナイダーは、『バットマンVSスーパーマンジャスティスの誕生』の劇場公開から、わずか数カ月後の2016年、バットマン、スーパーマンワンダーウーマン、フラッシュ、アクアマン、サイボーグが一堂に会する、この映画の撮影を開始した。当時、伝えられたところによると、制作中に大幅な変更やシナリオの書き直しが行われたが、これは『バットマンVSスーパーマン』 への評判が悪かったためだと一部では言われている。

 2017年、スナイダーの娘が死去し、ポスト・プロダクションの作業中に監督を降板することになる。『アベンジャーズ』 の監督であるジョス・ウェドンは、映画を完成させるために起用され、自ら撮影したシーンを加え、大幅な修正を加えた結果、映画の予算は3億ドルにまで膨れ上がり、過去に製作された中でも最も高予算な映画の一つとなった。しかし、完成した作品は、批評家とファンの両方を失望させるものとなり、スタジオは最終的には6000万ドルの赤字になったという。

 ファンは、スナイダー・カットの方が優れた内容だったかもしれないと考えており、いつか発表されることを望んでいる。ネットでは、ワーナーに公開を求める嘆願書も作られている。オリヴィアは、この件について、ファンの質問に対して詳しく説明している。

その質問は、映画がどうやって作られたか、数字を間違えていますね。主な撮影は、2016年12月に終了しているのです(最後のシーン撮影に私は立ち会いました)

その後、ザックは数ヵ月かけて編集作業を行ないました。ほとんどの人が、VFXの作業は、その頃に始まると思っていますが、これは正しくありません。俳優を必要としない場面(たとえば、CGキャラクターを使う箇所)では、VFXは、ストーリーボードを作成するプリ・プロダクションの段階から始められます。VFXは本篇の撮影前から作業しているのです。

編集作業中に、監督は何度も撮影済みの映像を荒編集して、上層部に進行状況を知らせます。これはディレクターズ・カットと呼びます。この作業は何ヶ月も続けられます。スタジオ側の意見や、監督側の要望を元に、再撮影が計画されます。

その間もVFXの作業は止まっていません。プリ・プロダクションの段階から続けているのです。

VFXを使用する場面が、完全に不要になり、二度と復活しないと判断されて、ようやくVFXの作業が停止します。

ですから、ストーリーの観点から映画全体のバージョンを検討したのであれば、ザックによる複数のカットが、ウェドンが参加する前から存在していることになります。すべては撮影され、編集されて、彼が役員たちに見せたのです。もし、そんなカットが存在しないとしたら、ザックは何を見せたのだろうということになる。

 つまり、『ジャスティス・リーグ』のスナイダー・カットが存在している可能性があるのだ。ただし、ワーナーがリリースを許可するかどうかは、また別問題になる。

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