skyfall 映画の記録

cinemania’s diary

宇野維正の「なぜ日本では世界的ヒットのアメコミ映画が当たらないのか?」の、事実誤認について。

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 とあるインタビューを読んだ。

https://www.sbbit.jp/article/cont1/36447

まず、冒頭部分の「映画・音楽ジャーナリストでアメコミ映画にも詳しい宇野維正氏にぶつけてみた」というくだりで、ひどく驚いた。この人が、これまでアメコミについて書いたり話したりしてきたことは、おおむね変な内容だと考えていたので、世間ではいつの間にそんなことになっていたのかと、正直、戸惑ったのだ。それで、つい目を通してしまったわけだが、案の定、間違いだらけの記事だった。もちろん、映画というのは、基本誰がどのように語っても良いものではあるとはいえ、正しくない知識を前提に語っても意味はないし、第一それは単なるデマである。以下、気になった点の中から、いくつかピックアップしてみる。

 

「中国や韓国で日本に比べてMCUが好調なのは、事実上、両国がリアルタイムでその始まりから共有できたはじめてのグローバルポップカルチャーだったからです。それ以前のグローバルポップカルチャーとして、たとえば70年代の『スター・ウォーズ』シリーズなどはありましたが、当時の中国や韓国の政治状況からしてリアルタイムの共有はできませんでした。韓国の場合、たとえばポール・マッカートニーのような世界的ポップスターですら2015年に初公演がようやく実現したくらいですからね。50年以上前にビートルズの武道館公演があった日本とは、欧米ポップカルチャー受容の前提から違うわけです」(宇野氏)

 まるで、韓国は、ビートルズも知らなかったような連中だから、物珍しさで受けているのだろう、と言わんばかりで、平然と他国の文化を貶める態度には呆れてしまうのだが、そもそもこれは「事実」でも何でもない。たとえば、MCU以前から『ハリー・ポッター』が韓国では大人気で、映画も第1作の『ハリー・ポッターと賢者の石』の時点で100万人以上を動員して、その年の外国映画としては第2位の興行成績を記録しているのである。他に『ロード・オブ・ザ・リング』なども第1作から普通に大ヒットしている。もっとデータをしっかりと調べるべきだろう。

「日本は『スター・ウォーズ』というグローバルポップカルチャーに40年以上の蓄積がありますし、国内にもオタクカルチャーなどが十分に育っています。しかし中国や韓国には、『トランスフォーマー』や『ワイルド・スピード』のようにシリーズの途中から人気が出たシリーズはありましたけど、その発展とともに国内でファンダムが形成されていくようなシリーズがMCU までなかった。そりゃあものすごい勢いで吸収しますよね。だから正確に言うと、『日本だけがヒットしていない』のではなく、今の中国や韓国がある種の躁状態なんです」(宇野氏)

躁状態」とは、ずいぶんと他国の文化状況を馬鹿にした表現である。韓国は、MCUの撮影スタッフを二度も招聘している(『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』『ブラックパンサー』)し、MCU側も、テーマパーク「マーベルエクスペリエンス」をアジアではじめてオープンするなど力を入れてきた。そもそも、MCUの第1作『アイアンマン』の時点で、韓国は日本の約3倍の興行収入を上げており、それから10年以上の積み重ねがあったわけである。「躁状態」と形容するには、ずいぶんと長く定着しているではないか。

 

「まず大前提として、海外、特にアメリカにおける“ヒーローもの”というのは現実社会のアナロジー(類推)です。その時代の社会で起きていることを反映した、ひとつの神話化のプロセスが、アメコミヒーローの物語であると。当然、ギリシャ神話やシェイクスピアの影響も受けている。神話上の英雄(ヒーロー)なので、ほとんどの作品において、その主人公は成熟した“大人”です。

 ところが、日本において“悪をやっつける”ヒーローものの主人公は、多くが少年です。『機動戦士ガンダム』『ドラゴンボール』『名探偵コナン』『新世紀エヴァンゲリオン』、すべてそうですよね。日本以外の海外では、“少年や少女がヒーロー”というのはかなり異例なのです。でも、日本人はそれにずっと慣れてきました」(宇野氏)

  なんとも浅薄な日米文化比較論であるし、そもそも事実誤認である。宇野維正は、アメリカのヒーローは、ほぼ成熟した大人だと断定しているが、最近映像化された作品に限っても、『アンブレラ・アカデミー』『タイタンズ』『マーベル ランナウェイズ』など、各配信サイトがティーンが主役のヒーロードラマを目玉にしているし、そもそも、つい最近もワーナーが『シャザム!』を公開したばかりではないか。もし、宇野維正が『シャザム!』の原作コミックが『スーパーマン』や『バットマン』と並ぶ長寿シリーズであることを理解していれば、少年や少女のヒーローが「異例」などとは、とても言えなかったのではないか。

「だから日本人は『バットマン』にしろ『アイアンマン』にしろ、『いい大人がヒーローなんて』と見くびってきた。アメコミヒーロー映画が長らく受け入れられなかった背景のひとつだと思います」(宇野氏)

 これも事実ではない。『ウルトラマン』のハヤタ隊員も、『仮面ライダー』の本郷猛も、『秘密戦隊ゴレンジャー』の海城剛も大人だった。最近の特撮番組は、出演者の若年化(イケメン化)が進んでいるとはいえ、ヒーローを大人が演じる文化は、日本においても確実に定着している。海外作品に目を向けても、ドラマの『スーパーマン』や『超人ハルク』などが日本でも高視聴率を取っているし、アメコミ原作ではないが『チャーリーズ・エンジェル』や『ナイトライダー』といったヒーロー作品も大人気だった。

 なぜ、こんな無残な勘違いをしているのかと言えば、メディアの違いによって作品の成立過程も客層も異なってくるという点を完全に見落としているからだろう。彼が、日本のヒーロー物の例として挙げた作品を読み直してみてほしい。全てアニメ作品なのだ。アメリカだってアニメシリーズなら『ティーン・タイタンズ』『パワーパフガールズ』『ヤング・ジャスティス』『ヴォルトロン』など、子供が主役のヒーロー番組はたくさんある。もともと『スパイダーマン』にしても、実写化されるはるか前からアニメで人気者だったわけだ。それを日本とアメリカの違いなどと言い出すから滑稽なことになる。

 おそらく、宇野維正にしても、こうした幼稚な日米文化比較論を自分で思いついたわけではないのだろう。この手の話はずっと前からあり(どれくらい古いかと言うと、宮崎駿が1980年代に指摘していたりする)おそらくネットか何かで見かけて、そのまま鵜呑みにしたのだと思われる。もし、彼がほんの数分でも自分の頭で考えていれば、「あれ、ウルトラマンって大人のヒーローだったよな?」とか、いくらなんでも気がついたのではないだろうか。

しかし、さらに数年前の状況を思い出して気づいた。まだMCUが現在に連なるシリーズとして製作されていなかった頃、2002年・2004年・2007年に三部作として公開されたアメコミ原作の『スパイダーマン』は日本で大ヒットしたはずだ。調べてみると興収は75億円、67億円、71.2億円。現在のMCUのどの作品よりもヒットしている。(引用者注:ここまで聞き手の文章)
「それは、アメコミヒーローのなかで『スパイダーマン』の主人公ピーター・パーカーが数少ない10代の“少年”だからです。日本人に受け入れられやすかったんですね。

 どうして『スパイダーマン』が、あれだけヒットしたのか考える上で、当時の興行状況が「洋高邦低」だった点を見逃すことは出来ない。トップは、『ハリー・ポッターと秘密の部屋』の180億円で、75億円を稼いだ『スパイダーマン』でもベスト3にすら入っていないのだ(ちなみに、この頃の『名探偵コナン』は、ギリギリ10位に入る程度だった)。子供が主役だからヒットした、などと呑気なことを言ってるだけでは、こうした状況は見えてこない。映画をめぐる環境自体が大きく変化していることを踏まえる必要がある。

 もっと言うと、その三部作の頃のピーターはクラスの体育会系の生徒からいじめられていましたが、MCUの流れを汲む2017年公開の『スパイダーマン:ホームカミング』のピーターは、そんなキャラクターではありません。さらに2018年公開のCGアニメ『スパイダーマン: スパイダーバース』の主人公 マイルス・モラレスになると、むしろイケてるティーンです。これが何を意味するかというと、アメコミカルチャーがオタク文化ではなくなり、娯楽のメインストリームになったということなんです」(宇野氏)


  マイルス・モラレスが「イケてるティーン」とは? 新しい学校には馴染めないし、可愛い女の子ともうまく付き合えないし、何より深い孤独を抱えた少年だ。ヒップホップとスニーカーが好きとか、そういう風俗的な面だけを見て判断しているのだろうか。
 トム・ホランド演じるピーター・パーカーにしても、じゅうぶんオタク的に描かれていないだろうか。サイエンススクールに通っているし、クラブ活動は文化系の学力テスト部だし、親友はスターウォーズオタクだし、パーティでは浮いているし、好きなものを語らせると早口になるし(笑)

 主役が「イケてるティーン」だと、アメコミカルチャーがオタク文化ではなくなるというロジックも意味不明である(主役が大富豪の『バットマン』はセレブ向けのマンガなのか?)。そもそも、全世界で8億ドルを稼いだ『スパイダーマン』第1作の時点では「娯楽のメインストリーム」ではなかったかのような認識が異常だし、よりにもよって『スパイダーマン:スパイダーバース』のようにコミックマニア向けのネタが満載の映画を指して、オタク文化じゃないと言い切っているのを読むと、はたして自分は宇野維正と同じ映画を見たのかと不安にかられさえする。

 

「もういい加減、アメコミやSF映画を、サブカル的・オタク的な文脈から解き放たなきゃいけない。僕は常々そう思っているんです」(宇野氏)

 むしろ、宇野維正が向かい合うべきなのは、アメリカのメインカルチャーにおいて、オタク文化が分かちがたい存在感を示しているという事実だろう。ケンドリック・ラマーが『ブラックパンサー』に曲を提供したり、ドナルド・グローヴァーがマイルズ・モラレスを吹き替えたりしている現状で、こういう事を言い出すのは、かなり異様に映る。いやもちろん、解き放ちたければ勝手にやってくれて構わないのだが、彼の、オタク的な文脈以外で語りたいという言葉は、残念ながら「自分はオタク的な知識はないから、それ以外のことしか書けません」という言い訳にしか、今のところは聞こえない。