cinemania 映画の記録

cinemania’s diary

「児童ポルノ」か「社会批判」か――Netflix映画『キューティーズ!』が遭遇したボイコットをめぐって

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映画『キューティーズ!』の二つのアートワーク

『キューティーズ!』というささやかなフランス映画が、大きな騒動の真っ直中にある。監督のマイモウナ・ドゥクレは、セネガル系フランス人で、本作は彼女の長編映画デビュー作にあたる。

 映画の主人公は、11歳の少女アミで、ドゥクレ監督と同じく、イスラム教徒でセネガル人の両親を持ち、パリに住んでいる。彼女は抑圧的な家庭環境から逃れるように、同世代の少女たちのダンスチームに入るが、そこでも人間関係の軋轢や、好奇の目に悩まされることになる。映画は、女性蔑視的な社会構造や、メディアによる性的なイメージの氾濫にも批判的であり、爽快なダンススポーツ物や前向きな自己実現の物語を期待した観客は裏切られることだろう。

『キューティーズ!』は、今年2020年1月に、アメリカのサンダンス映画祭で初上映された。古くは、コーエン兄弟から、クェンティン・タランティーノトッド・ヘインズライアン・クーグラーらを輩出したことで知られ、新人監督の発掘では定評のある場所である。ワールド・シネマ・ドラマ部門に出品された『キューティーズ!』は、批評家からの称賛を受け、監督賞を受賞した。8月には、本国フランスで劇場公開されたが、その他の国では、Netflixが独占的な権利を獲得し、9月9日に一斉配信することが決まっていた。

 映画祭でもフランスでも高い評価を得て順風満帆だった『キューティーズ!』は、そこから一転して厳しい批判にさらされることとなる。

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 事件は、8月20日Netflixが本作の予告編と宣伝用のアートワークを発表したことに端を発する。後者は映画のクライマックスであるダンスシーンをイメージしたもので、少女たちが露出の多い衣装を身にまとって挑発的なポーズを取っているという内容だった。主にアメリカで、この画像が大きな反発を招いた。メディア監視団体の「ペアレンツ・テレビジョン・カウンシル」が、いち早くNetflixへ『キューティーズ!』の配信停止を要求したほか、Twitterでは、著名人を含めた多くのアカウントが、問題のアートワークや予告編から切り取られた動画をシェアし、これは児童ポルノにあたると批判した。

 のちに触れるように、ドゥクレ監督は、このアートワークを事前にチェックしていなかった。フランス本国でのポスターは、映画のワンシーンを切り取ったもので、少女たちをロングショットで捉えている。おそらく、この図案であれば批判は受けなかったのではないか。

 Netflixは、こうした反発に素早く対応した。問題のポスターをすぐさま撤回し、「私たちは、『キューティーズ!』に用いた不適切なアートワークについて深くおわびします。それは適切ではなく、サンダンスで受賞したフランス映画の内容を反映したものでもありませんでした。私たちは、画像と説明文を更新しています」という謝罪文を掲載したが その一方で、予告編はそのまま残し、配信予定日も変更しなかった。*1

 『キューティーズ!』へのバッシングは、これで収まるどころか、9月に入って、ますます加熱していった。ネット上では作品に対してだけでなく、Netflixの解約運動が起こり、賛同者は増える一方だった。

 9月3日、マイモナ・ドゥクレ監督への、騒動が起きてから初めての取材記事(英語)が掲載された。そこで彼女は、フランスでの公開準備に追われていて、問題になったポスターは自分もネットで初めて知ったこと、Netflixの最高責任者であるテッド・サランドスから、直接謝罪の電話があり、自分は何も恨んではいないこと、インターネットでの批判は、実際に映画を観ていない人達によって主導されており、すでに何件かの脅迫を受けていることなどを述べている。*2

 配信初日の9月9日には、ドゥクレ監督が自ら演出意図を語る動画がYouTubeで公開されたが、低評価が高評価の10倍以上もクリックされた。その日「キャンセル・Netflix」のハッシュタグが、ついに米国でトレンド1位となり、解約署名は60万人を突破した。その翌日には、Netflixの株価は3.9%も下落したという。*3 *4 *5

 Netflixは、アートワークを取りさげた後は事態を静観していたが、映画の配信が始まると、ドゥクレ監督と『キューティーズ!』へのバッシングに対して声明を発表する。「キューティーズ!』は幼い子供たちの性的化(sexualization)へ反対する社会的な論評である。これは賞を得た映画であり、少女たちがソーシャルメディアや社会からの圧力に直面しながら成長していく姿を描いた力強い物語である。これらの重要な問題に関心を持つ方には、ぜひこの映画を見てほしい」*6

 9月11日には、ワシントン・ポストが『キューティーズ!』を擁護する記事を掲載した。記事は、まず映画を批判する者たちの多くが、実際には作品を観てはいないことや、保守派の政治家によって政治利用されていること――これは後述する――を指摘する。そして映画の内容に細かく触れていき、ドゥクレ監督の意図は、少女たちを取り巻くソーシャルメディアの問題や、性的であることが女性的であるという価値観に異議を唱える点にあり、むしろ保守派が賛同しそうな内容であると説く。映画では、主人公たちは露出度の高い衣装を着たり挑発的なダンスを披露したりするが、映画は彼女たちの行動を称賛されるべきものとしては描いていない。問題となったクライマックスのダンスシーンについても、観るものをうんざりさせるような描写になっており「その選択が気に入らなかったり、意図したような効果を上げていないと捉えたとしても、それでドゥクレ監督が邪悪なポルノ作家になるわけではない。単に野心的であろうとした映画監督でしかない。」そして記事は以下のように締めくくられる。「不快感を与えようとしている映画を非難することは、その不快感を受け止めて分析することよりも容易だということは知っている。しかしながら、11歳の道徳教育を扱った映画によって、これほど大勢の大人たちが愚かな振る舞いを見せていることは残念だ。」*7

 同じ11日に、ドゥクレ監督のインタビューが掲載された。映画の着想は、実際に、パリで少女たちがセクシーなダンスを踊っているステージを目撃ことがきっかけだった。監督は、100人以上の少女たちに聞き取り調査を行い、彼女たちが女性らしさというものをどう捉えているのかを探っていった。また、主人公のアミには、自伝的な要素が反映しており、自分もセネガルと西洋の文化に引き裂かれていたと語る。そしてドゥクレ監督は、子役たちとは信頼関係で結ばれており親からも理解を得られていると主張した。撮影中は、児童心理学者が立ち会い、映画がバッシングを受けている今現在も彼女たちをサポートし続けている事も明かしている。騒動の発端になったアートワークについては、事前のチェックを怠っていたことを認め、次の機会があればもっと時間をかけて準備してきたいと反省点を述べている。「配信の始まった今、批判する人たちが映画を観てくれる事を期待しています。幼い子供たちの性的化を批判するという点で、私たちは同じ立場にいるのだと気がついてほしいのです。」*8

『キューティーズ!』は、保守系の政治家たちからは格好の標的となっていた。9月14日には、共和党テッド・クルーズ上院議員がFOXニュースに出演し、これは児童ポルノであると公然と批判した。司法省に対して、児童ポルノの制作と配布を禁じた連邦法に違反した疑いで調査を行うよう要請したと発言し、さらにクルーズは、唐突にバラク・オバマの名前を出し、「彼らは児童虐待で荒稼ぎしている」と主張した。*9(注:オバマ前大統領は夫人と共に、Netflixでドキュメンタリー『ハンディキャップ・キャンプ:障がい者運動の夜明け』などをプロデュースしているが『キューティーズ!』とは無関係である) 

9月14日、ドゥクレ監督はトークイベントに参加し、そこで今回の騒動について改めて言及した。「私はこの映画が受け入れられると思っていました。サンダンスで上映されたときは、アメリカの人々にも見てもらいました。これはフランス社会だけの話ではありません。子供たちの過激な性的化はソーシャルメディアを通じて行われており、そしてソーシャルメディアはどこにでもあります。サンダンスではその事を理解してもらえました。私たちは子供たちを守らなければなりません。私が望むのは、この問題に対して啓発し、解決の道を探ることです。」*10

 翌9月15日には、フランスの配給元であるBac Filmsのデヴィッド・グルムバッチCEOが取材に応じ、作品を擁護した。「私が考えるに、一連の抗議は右翼、つまり超保守の周辺から来たものだと思っている。」「フィルムメーカーたちの自由を守るために、私たちは強く団結しなければならない。それはフランスだけでなく、ハリウッドにとっても同じことだ。『タクシードライバー』において12歳で売春婦を演じたジョディ・フォスターや、『リトル・ミス・サンシャイン』、その他数え切れないほどの映画がボイコットされてきたが、もしも私たちが、このような保守主義に屈していたら、中絶や暴力などを扱った映画を作ることはできなくなる。何かを批判するためには、それを描く必要があるからだ。」「最終的には、この論争が世界中の政治家たちを動かして、あらゆる子供たちの保護を強化するような重要な法律が作られることを願っている。」*11

 同じ15日には、リサーチ会社が、ボイコット運動の反響についての調査結果を発表した。それによると、『キューティーズ!』が配信された翌日の10日より、Netflixの解約率が上昇を始め、12日には、先月平均の8倍近くにまで昇り、数年ぶりの高い数値となったという。一方でNetflixが発表した視聴者数ランキングでは映画部門の4位に入っており、良い意味でも悪い意味でも、一連の騒動が作品への関心を高めていることは明らかだった。*12

 17日には、右翼系メディアの「ザ・デイリー・コーラー」が、司法省に対し、児童ポルノの疑いでNetflixを調査するよう求める書簡が、上下院議員34人の署名のもと提出されたと報じている。*13

 9月18日、ついにフランスの映画機関であるユニフランスが、『キューティーズ!』とマイムナ・ドゥクレ監督を「全面的に支援する」公式声明を発表する。「この若い作家に限らず、世界のあらゆるアーティストにとって、芸術的創造と流通が保証される事は極めて重要だ。これは自由と多様性を護る戦いである。」と強い姿勢を見せた。ドゥクレ監督自身は、前出の講演で、この問題がアメリカ対フランスの図式に持ち込まれることを警戒しているが、実際にはそうした方向性へと流れつつある事態となっている。*14

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 ここで話は、唐突にそれるが、ちょうど同じころ、似たような騒動が別の場所でも起こっていた。作家のJ.K.ローリングが別名義で書いたミステリー小説『Troubled Blood』が、発売前からトランスジェンダー差別だと、あらぬ嫌疑をかけられたのである。

『Troubled Blood』は「私立探偵コーモラン・ストライク」シリーズの第5作で、日本では講談社より2巻が翻訳されている。ドラマ化もされた人気シリーズということで、発売前から多くのメディアに書評が掲載され、その多くが好意的な内容だった。ところが、その中にひとつだけ、この作品は差別的だと騒ぎ立てた雑誌があった。小説の中には女装して被害者に近づく殺人犯が登場し、差別を煽っているというものだった。ローリングは過去にもトランスジェンダーをめぐるTwitter上での発言が問題視されていたこともあって、この話題はたちまち拡散し、「ピンクニュース」などフェミニズム系のメディアを中心に、ローリングを非難する記事が争うように掲載された。Twitterでは「ローリング死亡」を意味する悪趣味なハッシュタグがトレンド入りし、『ハリー・ポッター』を焚書する画像や、ローリングへの殺害予告など、暴力的なツイートが大量に拡散された。(日本でも、フェミニズム色の強い「WEZZY(ウェジー)」や海外ゴシップ専門の「フロントロウ」といったウェブメディアが、ローリングを他人の受け売りだけで一方的に中傷する記事を平然と掲載している*15

 また、AmazonUKや、Goodreadsなどのユーザー欄は、トランス活動家たちによって大量に星ひとつのレビューが投稿されるという被害を受けた。*16 ためしに低評価レビューを幾つかチェックしてみると、ほとんどが判を押したように「トランス恐怖症」という言葉で作者を中傷するばかりで、本の内容についての具体的な言及を欠いており、これは「タイムズ」も指摘するように、読まずに投稿した荒らし行為と判断しても良いだろう。
 しかし、こうしたヒステリックなバッシングも、いざ単行本が発売されてしばらく経過すると、急速にしぼんでいった。なぜか。すでに幾つかの記事が指摘していたように、実際の『Troubled Blood』において、「女装する男」は数多い登場人物の中の脇役に過ぎず、物語の真の悪役は他にいるのである。そして差別的と叩かれた「女装」場面も、たった一行、簡潔な表現があるだけだった。かくして、デマはあっさりと露見し、「タイムズ」「スペクテイター」「ガーディアン」といった大手メディアがローリングを擁護する公平な記事を出したり、各書評サイトでも、今や絶賛票が嫌がらせ票を数で上回るようになった。*17 *18

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長々と脱線してしまったが、あの作品は問題があるらしいから見ないで批判しても構わないという考え方が、いかに危険で愚かであるかは、いまさら説明の必要もないだろう。ただ、ローリングの一件は、幼稚なデマの一言で片付けられるとして、『キューティーズ!』については、大きな論点が残っている。作者たちの目的が、児童を性的に消費することではない事を認めるとしても、実際に年端も行かない少女たちにセクシーな演技をさせるのでは、台無しではないかという批判である。もともと、子役に、どこまでの演技が許されるのかという議論は、かなり以前からあった。児童虐待の場面を演じさせるのは、それ自体が虐待ではないか、ホラー映画などで、子供が殺される場面は避けるべきではないか、といった論争は、たびたび起きていた。そういう意味では、決して目新しい話ではないのだ。

 特にヨーロッパでは、児童を性的なイメージで捉えたり、性的化の問題を扱った映画は、それなりに数多く作られているが、賛否を呼ぶことはあっても、ここまでの騒動に発展したという話は聞かない。*19 身も蓋もない言い方になるが、もしも『キューティーズ!』がミニシアターで上映され、文脈をわきまえた少数の観客たちだけに供給されていれば、問題にすらならなかったのではないか。

 これはNetflixに代表される定額配信プラットフォームが、必然的に抱え込んでしまった爆弾なのかもしれない。ハリウッドの大作も、韓国のテレビドラマも、日本のアニメも、アート系の作品も、すべて横並びに配信する、その利便性は計り知れないが、一方で、単一の感性や価値観によって作品が判断され得るという弊害も生じる。

 この文章を書き綴っている9月26日現在、Netflixは新たなトラブルの渦中にある。中国のベストセラー小説『三体』をドラマ化する企画に対して、保守系議員たちが政治的に問題があると批判し、それに対する反論の声明を出したのである。おそらく、これは今回の『キューティーズ!』や、ディズニープラスで配信された『ムーラン』をめぐって起きたバッシングの延長戦といった気配が強い。*20 今後もこうした衝突は、あちこちで起こるのだろう。

*1:https://twitter.com/netflix/status/1296486375211053057

*2:https://deadline.com/2020/09/cuties-director-death-threats-netflix-poster-backlash-ted-sarandos-called-apologize-1234569783/

*3:https://www.youtube.com/watch?v=Q8dsjAoazdY&feature=emb_title

*4:https://variety.com/2020/digital/news/cancel-netflix-backlash-cuties-sexualized-girls-1234765747/

*5:Netflix Stock Dropping Amid 'Cuties' Controversy

*6:Netflix Defends Cuties as Social Commentary on Sexualization of Girls - Variety

*7:Opinion | The people freaking out about ‘Cuties’ should try it. They might find a lot to like. - The Washington Post

*8:https://zora.medium.com/the-director-in-the-middle-of-the-cancelnetflix-backlash-speaks-out-90b58f5afc64

*9:Sen. Ted Cruz calls out 'Cuties' for 'sexualization of 11-year-old girls' - New York Daily News

*10:Cuties Director Maimouna Doucouré: I Share 'Same Fight' as My Critics - Variety

*11:'Cuties' Distributor Says Freedom of Expression Is Under Threat - Variety

*12:'Cuties' Backlash: Netflix Cancellations Hit Record Levels - Variety

*13:https://dailycaller.com/2020/09/17/lawmaker-barr-netflix-child-pornography/

*14:UniFrance soutient Maïmouna Doucouré et son film Mignonnes - UniFrance

*15:デマを含んだ記事はリンクしません。

*16:Trans activists deluge JK Rowling’s new Cormoran Strike book with bad reviews | News | The Sunday Times

*17:JK Rowling's latest novel isn't 'transphobic' | The Spectator

*18:JK Rowling's Troubled Blood: don't judge a book by a single review | Books | The Guardian

*19:前者の例として、ルシール・アザリロヴィック監督の『エコール』、後者の例として、エヴァ・イオネスコ監督の『ヴィオレッタ』を挙げておく。

*20:https://deadline.com/2020/09/netflix-china-response-senators-republican-liu-cixin-three-body-problem-game-of-thrones-1234585716/